|
お笑い芸人が世の中に流行らせるフレーズの中には、見方によっては今の時代を風刺した秀逸なものがたくさんある。今回はその一つをご紹介したい。
読者の皆さんは、独特なイントネーションで「ありえない、だけどもありえる」とナンセンスなネタを繰り返して笑いをとる芸人をご存じだろうか。
かなり個性的な芸人であるため、一発屋として消えてしまうのかどうか心配ではある。ご本人の今後の活躍に期待したいが、彼を有名にした「ありえない、だけどもありえる」というネタは、現実社会を考察するときに便利であるため、今回のコラムでも借用させて頂くことにしたい。
たとえば「盗んだバイクが盗まれた」という「ありえない、だけどもありえる」話。
そもそも普通は人のもの(バイクを自転車と置き換えてみよう)を盗んだりはしないものだが、実際、盗難された自転車は駅の近くにたくさん放置されていることは誰もが知っている。
酔っ払いが夜中にその盗難自転車に乗って、さらに再放置することが問題になっている(盗難自転車が住宅地に放置されるよりは、駅前に整然と並べられているほうがまだましということだろう。)。
つまり「盗んだ自転車がもう一度盗まれた」のは現実であるということだ。
要はそもそも盗難されたものが駅前に都合よく放置されていたことで、さらに新たな盗難が引き起こされているというわけだ。そんな身近にありそうな話を簡潔に風刺したネタであるため、「あるある!」と笑ってしまう。(そういえば、「あるある!」の元祖はレギュラーという名前のお笑いコンビだったと思うが、彼らは最近まったくテレビで見なくなってしまった。元気にしているだろうか。)
「ありえない、だけどもありえる」というネタの大半は、単に笑い流せばいいことばかりであるが、最近の現実社会には、気楽に笑い飛ばせない話が実に多い。
その一つに、「リストラした社長がリストラされた」ケースである。これは「ありえない、だけどもありえる」、まさに最近目立つ話である。
業績不振で責任を問われることを恐れた社長が、手っとり早く利益を出すために人件費を減らすことを狙って、自分以外の幹部や社員を無理やりリストラしたケースである。
結局最後は、その社長本人が取締役会や親会社から辞任を迫られて、退任となる。社員からすれば迷惑な話であるが、結末は全員討ち死にするというこの手の話は、最後まで話を追ってみれば多少は溜飲が下がるのかもしれない。一人だけ都合よく助かるなんて話はないということだ。
年老いた老人をだましたり金銭を奪ったりする事件が続いている。これなども信じられない話だが、実際に「振り込め詐欺」の被害は尋常じゃない。息子が痴漢をして捕まったので、示談のためにお金を振り込んでほしいと懇願してきたとき、騙されてお金を振り込んだ親の心境は、「ありえない、だけどもありえる」というところだったのだろうか。
増加する若者のひったくりといったあまりにひどい事件にも、「ありえない」と耳をふさぎたくもなるが、実際に多発しており、今、まさに「ありえる」現代社会の闇といえるだろう。敬老の精神は、本当にどこにいってしまったのだろうか。
前述のリストラの話は中高年にとどまらず、若手もうかうかしてはいられない。実際、リストラされるのは中高年だけではないというのが現実である。20代や30代の若手でも、事業部がなくなるからという理由ひとつで会社を追われている。
若手の場合、退職金も失業手当もわずかであること、経験やスキルも中途半端であることも多い。よって今のような求人数が極端に少ないご時世では、中高年とは別の意味で再就職には苦労しており、気の毒である。「まだ30歳なのにリストラされた」という話は、今の世の中では十分「ありえる」ということだ。
学生の就職活動も同じである。高校や大学を卒業したら社会人になるということは、今も昔も当たり前のことだったが、就職難によってそのルートが断絶されている。これもまさに「ありえない」出来事である。実際にニートやフリーターが増えているのは、学生がスムーズに社会人になるためのパイプラインが閉ざされていることが大きな要因となっており、これが現代社会の現実である。
人工の歯を作るインプラント治療。歯科医師の世界でも「ありえない」話が現実化した。
愛知県では、治療がうまくいかずに抜けたインプラント(人工歯根)を別の患者に使いまわした医者が告発されている。
贅沢を誇示する医者の品位も問われるが、そもそも他人に使用して失敗した医療器具を医者が節約のために使いまわしているということがまかり通るならば、人は医療の何を信じたらいいというのだろうか。「ありえない」話だが、「ありえた」ことに驚いてしまう。
「ヘッドハンターがヘッドハンティングされた」というのも、「ありえない、だけどもありえる」話かもしれない。
これは私の身近でも何度もそのようなケースを見てきたし、実際、私自身も少なからず、同業のヘッドハンターに声をかけられたことがある。
この5年あまり、建築偽装や食品偽装が社会を随分賑わしてきた。
そうした信じられないような事件が多発したからだろうが、「ありえない、だけどもありえる」というあきらめに近い感覚が、徐々に世の中の多くの人の間に定着してきたように思う。だから、少々のことでは驚かない体質にもなったし、実際、人間が鈍感になってしまったのかもしれないが、それはそれで残念なことに違いない。
「ありえない、だけどもありえる」、もしくは「あるある!」とお笑いのネタで思う存分笑うのはいい。
ただし現実の世界に戻ったならば、あきらめるのではなく、何とか世の中の不条理と対峙し、さまざまな問題解決のために、自らの知恵と経験を結集して力を尽くしたいものである。
「ありえない、だけどもありえる」と最近の特異な社会現象に対し、それをすぐに受け入れて納得してしまう癖は、一種の現代病のような気すらする。
|