小松流 ビジネス力を上昇させろ!
著者プロフィール
小松俊明 (こまつ・としあき)
小松俊明 (こまつ・としあき)
リクルーターズ(株)代表取締役
1967年東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。総合商社で海外営業の後、キャリア情報誌の編集者、外資系ヘッドハンターを経て、採用戦略コンサルティング会社、リクルーターズ(株)を設立。近著『デキる上司は休暇が長い』(あさ出版・刊)など著書多数

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37.日本でフェアネスが議論される日は来るのか

2010-02-16

「It’s not fair !」(それはフェアじゃない!)
 これは外人上司や外国人の交渉先を相手に戦う時の最終兵器である。
ただ最終兵器であるがゆえに、軽々しく連発してはいけない。ここぞというときに、「強く効果的に主張すべき」なのだ。

 ピンとこないかもしれない。何がそんなに効果があるのか分からないという向きも多いだろう。それは日本人にとっては、フェアネス(公平さ)があくまで建前であって、必ずしも公平でなくても社会は成り立ち、人々もそのことを受け入れていることに原因がある。

 つまり日本人の場合、「それはフェアじゃない」と主張しても、相手を動かすほどのメッセージにはなりにくい。むしろ不平不満を言っているとして、片づけられることのほうが多い(外人が相手の場合、逆にかなり心してこの言葉を発する必要がある。)。

 たとえば、密室でものごとが決まるのはフェアでないことの極みであろう(検察が過去に繰り返した密室の自白の強要や、派閥の領袖が極秘裏に集まり、密室で次期総理を決めるなど。)。陰口をたたくのもフェアじゃないし、そもそも女性であることで損をする会社など、存在するには値しないはずである。

 また10年くらい前までは、会社や公共の場で分煙が徹底されず、タバコを吸う人が吐き出す煙を無理やり吸わされても、日本では文句ひとつ言うことがはばかれた。外国人の目から見ると、日本はまさに「It’s not fair !」の世界そのものと指摘されても、強く反論できないのかもしれない。

さて欧米社会において「フェアネス」が何事においても最優先され、価値観の中心的な存在であることは疑いようがない。なぜそうなったのかは諸説があると思うが、ここでは割愛する。

かわりに、冒頭に述べた最終兵器としての「It’s not fair !」の使い方について触れておこう。

 
 「It’s not fair !」を主張する前に、まずは公平ではないという「客観的事実をできるだけたくさん集めておくこと」がコツである。
具体的には「あらゆる選択肢が事前に検討されたか」、「関係者すべてに平等に情報共有がされたか」、「評価基準に関する十分な説明が事前にされ、そのことに対して質問をする機会を与えられたか」など、フェアかそうでないかを判断するためには、これらの事実がとても大切な材料になる。

 たとえばパフォーマンスの悪い部下に対して、もし仕事が予定通りに進んでいないことを不満に思う上司がいるとしたら、「そのことに対する注意や警告を事前にしたか」、また「改善プランに関する具体的なアドバイスや目標の修正や達成すべき期限などについて話し合う機会があったか」など、まずは状況の分析をすることをお勧めしたい。

 つまり、上司が部下に悪い査定を下すためには、客観的にそれを証明するための材料を用意しておかないと、たちまち「It’s not fair !」にさらされてしまうことになるというわけだ。要は「判断はフェアである」ことを証明する義務があるのである。

 実際、人が人を評価することは難しい。無能な上司は、有能な部下を評価できるわけがないし、上司が必ず有能である保証もない。人には感情もあるし好き嫌いもある。当然、利害もある。ルールや建前だけでは、問題解決できないこともたくさんあるということだ。
フェアかフェアじゃないかという二者択一が難しいのは、どちらの立場でものを見るのかによって結論が分かれる場合があるからだ。

 ただし日米両国で生活や仕事をしたことがある人は実感するだろうが、日本の社会はときに「空気を読むこと」が求められ、白黒はっきりと結論を出さずに、時間を経過させることでものごとを解決させる手法がある。
一方、米国ではできるだけ早く、はっきりと白黒をつけることが好まれる。

 この両国には、歴然たるアプローチの違いが存在している。だからお互いにわかりあうことが難しい。政治的なやり取りを見ていてもその違いが見て取れる。米国政府にしてみれば、様々な山積みされた問題を先送りする日本政府の姿勢に対し、「It’s not fair !」を繰り返すが、日本では何がフェアじゃないのか、十分米国のメッセージを受け止めていないように見える。


 家庭の問題でも、日本では夫婦間で「It’s not fair !」と叫びたくなるような状態が山積みであるが、最近では熟年離婚に象徴されるように、一方が我慢することはなくなったようである。ただ離婚を突然言い渡すようなことではなく、もっと「It’s not fair !」を武器に日本の家庭でもお互いに議論を深めてみてはどうだろうか。

 会社でも、もっと「It’s not fair !」を上司に言っていいだろう。これまでのように部下の不平不満としてもみ消されないように、部下ももっと賢く戦い方を学ぶ必要がある。フェアかフェアじゃないかという価値基準は、これからの新しい日本社会にとって、ひとつの役に立つ考え方になる可能性が高いと私は見ているが、皆さんはどう思うだろうか。