小松流 ビジネス力を上昇させろ!
著者プロフィール
小松俊明 (こまつ・としあき)
小松俊明 (こまつ・としあき)
リクルーターズ(株)代表取締役
1967年東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。総合商社で海外営業の後、キャリア情報誌の編集者、外資系ヘッドハンターを経て、採用戦略コンサルティング会社、リクルーターズ(株)を設立。近著『デキる上司は休暇が長い』(あさ出版・刊)など著書多数

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  「小松流 働き方の極意」は、身の周りにいる「デキる人、稼ぐ人、バランスのいい人」が日々考えていることや習慣をベースにした “意識改革のためのヒント集”です。これらを忠実に実践すれば、あなたも“デキるビジネスマン”と呼ばれるかも……。『月刊総務』に連載中の本編も、ぜひあわせてご覧ください!

42.「こんなもんでいいか」という妖怪

2010-06-24

 夜も9時をまわると、「1日の疲れ」を感じるもの。右手で目がしらをおさえると、その手を離したくなくなる。
伸びをしてもすぐ丸まってしまう背骨と尾てい骨。まるで体が悲鳴を上げているかのようだ。

 そういえば、今日も1日、朝から嫌なことが続いた。
午後になって少し爽快な気持ちになった瞬間もあった。
しかし、それも夕方にお客さんからのクレームの電話があり、一瞬で台無しになった。
早く帰ろうと仕事に集中したが、午後9時をまわったところで部長から呼び出しを受けた。なんだか嫌な予感がする......。

 このような風景はどこの会社の職場にもある。いまいち気分が晴れないのは、仕事をやらされている感があるからかもしれないし、慢性的な残業が続いて寝不足気味であるからかもしれない。自分の会社の給料は相場より低いし、最近は残業代もすべて申告できない雰囲気がある。誰に命じられたわけではないが、自分も月40時間以上を超過した分は、自主的に申告しないように控えるようにしている(よくある会社の状況である。)。

こんなときである。あいつが忍び寄ってくるのは。

 「こんなもんでいいか」という名の妖怪である。

 夜遅くなると、そいつは活動を活発にする。人が仕事をしている横に来て、耳元でそっとつぶやくのである。
「もうやるだけやったよ。疲れただろう。そんなに身を粉にしてやるほどの仕事か?どうせ正当に評価されないんだからさ、こんなもんでもういいんじゃない?」

 考えてみると、この世の中、「こんなもんでいいか」という判断の産物のようなもの(商品やサービス)がたくさんあるではないか。コンビニやレストランの店員の対応もそのひとつだし、100円ショップで売られている中国製の商品の数々も、よく見ていると商品のクオリティやデザインはどれもがレベルが低く、「こんなもんでいいか」という具合に作られてきたプロセスが容易に想像できる。

 「ブランドとはお客様との約束である」という教えは、どこの会社でも広報やマーケティング部の建前であり、顧客満足度のアップを目標にしている会社は多い。しかし、そうした会社の実態は、極端に従業員満足度が低かったりする。会社にロイヤリティーのないそうした不満社員が、どうして会社の顧客に対して誠意ある対応をするだろうか。


 マニュアルを作る過程にも、これまた妖怪があらわれる。主にコストや時間管理の観点から「こんなもんでいいか」という精神が入り込むのである。その結果、面白みのない画一的なサービスができあがるケースが多い。

 ある中古品を扱うチェーン店では、1分ごとに店員が「いらっしゃいませ、こんにちは~」と大声で連呼している。商品を探している客が横にいようが、近くにお年寄りがいようがお構いなしである。マニュアルに沿って、そのお店には心のこもっていない「いらっしゃいませ、こんにちは~」の怒声が響き渡っているのだ。
バイトの店員も、最初はちょっとおかしいんじゃないかと思った瞬間もあっただろうが、しまいに「こんなもんでいいか」という思いの方が強くなったに違いない。そうでなければ、あんなに無頓着に、不作法に大声を出して、心のこもらない怒声を連呼できるわけもあるまい。


 ビジネスの現場にも同じような例はある。スキルアップを目指し、いずれは責任ある大きな仕事を任されたいと思う若者は多い。

 自信過剰で自らの力や将来性を過信するのはよくないが、反面、「こんなもんでいいか」と早々に挑戦することをあきらめるのは、なんとも情けない。厳しい経済情勢が続くと、就職活動をする若者が極端に保守的になり、特に最近は公務員や電力会社等、何でもいいから安定して静かに仕事ができる会社や業界を望んでいるという。
リスクを取ってチャレンジしようという気持ちがなければ、自分オリジナルの道は切り開かれないと思うが、そうしたオリジナリティーはいらないというのだろうか。


 職人の世界はどうだろう。今、世の中には10分、1,000円というサービスが増えているため、職人の世界にも、「こんなもんでいいか」の世界は広がっているのかもしれない。せっかく技術を磨きたいと思っても、自分の職場のサービスが10分、1,000円で安値商売をするのであれば、少なくても技術に関しては、「こんなもんでいいか」という大きな壁が立ちはだかる。
お客さんの入りの悪い回転寿司店のすし職人は、例外なく不機嫌である。ネタの質も悪いが、寿司職人の態度も悪い。「こんなもんでいいか」という、職人のつぶやきが聞こえるなかで、寿司をほおばろうという客はほとんどいないはずである。


 さて「こんなもんでいいか」の精神が入り込みにくい世界の話もしよう。

 トヨタ自動車のカイゼン活動は有名であり、その精神は製造業の現場に深く浸透している。日本の製造業の分野には1分1秒を争う納期管理が必要な世界もある。「こんなもんでいいか」では絶対にすまされない、厳しい世界もあるということだ。

 どんなに精巧なシステム、そして立派なハードウエアがあったとしても、人間の判断が随所で重要な役割を担っていることは間違いない。だからこそ、色々な理由から人間の判断そのものが、その事業なりサービスの大きなブレーキになることは少なくないのだ。(もちろんその逆で、人間の優れた判断によって、アクセルが踏まれて一気に加速できるビジネスもあるだろう。)

 せめて私たちはまるで呪文のように「こんなもんでいいわけない」と唱え、常により良いものに差し替えていく、そんな考え方を定着させたいものだ。本当に気をつけないと、「こんなもんでいい」という妖怪は、あっという間に自分の判断を支配してしまい活力を奪ってしまう。

 適度に変化を自ら起こすことが必要である。行きつけの店、定番アイテム、昔からの親友、そのどれもが貴重であるが、一方で新しいお店を開拓したり、新メニューに挑戦したり、新しい交友関係を作るなど新しいことに挑戦し、失敗から学んでより質のいい生活と深い考察力をもって、人生を謳歌したいものである。