エンゲージメントを高めるオフィスの条件とは? 事例から学ぶトレンドを押さえた空間づくり
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価値観が多様化する中、オフィスはいかにして従業員のエンゲージメントを高める場として機能するのか。
10月22日に開催された日本経済新聞社主催「オフィストレンド調査セミナー 2024」では、オフィストレンド調査の結果報告や、新しい付加価値を提供する各業界のトップリーダーによる講演・パネルディスカッションが行われた。
オフィスは働く場から課題解決・価値創造の場へ
コロナ禍による在宅中心の働き方から出社回帰への流れが加速し、今やオフィスは単なる働く場ではなくなった。人的資本経営やESG経営の実現といった、昨今重要視されている経営課題の解決に寄与しながら、新しい価値を生み出す役割が求められているのだ。
今回のセミナーでは、特に従業員のエンゲージメントに着目。エンゲージメントは企業の業績や従業員の定着率に大きな影響を与えるとされるが、その向上にはリアルなコミュニケーションやチームビルディングが有意な要因となる。日本経済新聞社が主催する今回のオンラインイベントでは、事例紹介やパネルディスカッションを通して、さまざまな角度から「エンゲージメントを高めるオフィス」の検討が進められた。登壇者の一人である日鉄興和不動産株式会社、小松洋平さんの講演を紹介しよう。
移転を機にABW実践 コロナを経てリニューアル
日鉄興和不動産は、ビル事業と住宅事業を軸にする総合デベロッパーだ。「人と向き合い、街をつくる。」を企業理念に掲げ、都市再生にも強みを持つ。デベロッパーとして、世の中の働き方やオフィス機能のトレンドをいち早く把握・分析しているが、それを担うのが社内のワークプレイス研究チームだ。小松さんが、チームの取り組みを説明する。
「ワークプレイス研究チームは、当社オフィスで行われる実証実験などを基に『働く場に関連する各種研究』を担うプロジェクトチームです。コロナ禍を機に発足したもので、ニューノーマルに適したレイアウトツールの作成を皮切りに、自社のオフィスづくりを経て、昨年からはコミュニケーション促進の施策などソフト面にフォーカスした調査を進めています」
研究チームの軌跡として大きな出来事だったのが、2022年と2023年に行われた本社リニューアルだ。同社は2018年、成長・飛躍の起爆剤とすべく本社を移転している。それまで9フロアに分かれていたスペースを2フロアに集約し、部署の壁を越えて連携できる風通しの良い職場環境を目指した。「ABW実践の場」と位置付けられた新オフィスのコンセプトは、“move(動く)”。従業員のmoveを加速させ、新たな付加価値を生み出すオフィスだ。
「従業員同士の状況を把握する『見える』、社内外の情報に触れる『知る』、きっかけを創る『出会う』、一体感を生み出す『話す』、互いの英知を結集する『交わる』をキーワードとし、オフィスデザインに落とし込みました。ABWの実践をサポートするのは、ICTです。社内コミュニケーション、フリーアドレス、名刺情報管理、会議の効率化、ペーパーレスなどを推進するデジタルソリューションを、積極的に導入しました」
ABWに基づくオフィスの考え方は、現在に至るまで陳腐化してはいない。ただ、コロナ禍を経て働き方はもう一段階、変化した。新たに浮かび上がったニーズに対応するために実施されたのが、2022年のリニューアルだ。経営方針から抽出した「会社が理想とする働き方」と、従業員アンケートから浮かび上がった「従業員が望む働き方」のどちらも満たし、多様な働き方に対応できるようエリアごとに機能を分散したのが、このリニューアルの特徴だ。
「エリアの一つが『WEB会議・ソロワークエリア』です。WEB会議中の人と周囲の人、音問題がもたらす両者のストレスを軽減する解決策として、個別ブースを新設しました。全席にモニターを設置し、吸音パネルで囲んで集中しやすい環境をつくっています。同時に、秘匿性の高いWEB会議用には個室ブースを置いています」
みんながブースにこもってコミュニケーション不全が起きないよう、並行して出会いやミーティングを活性化するための施策にも注力している。「アジャイルエリア」として可動式家具を増やし、ポータブルバッテリーにより稼働する大型モニターとホワイトボードを設置。気軽にWEBと対面のハイブリッド会議を行ったり、アイデア出しで集まったりできるようにした。また、「チームビルディングエリア」では、プロジェクトベースで一定期間キープできるスペースを新設し、コロナ禍で希薄になったチームへの帰属意識を呼び戻す仕掛けを施した。
2度目のリニューアルは2023年。コロナが5類に移行したあとだ。前年の一部改装による効果検証や出社率の増加を踏まえ、アジャイルエリアとチームビルディングエリアをハード・ソフト両面で拡充するとともに、タッチダウン利用に適した省スペースデスクを設置し座席数を確保した。さらに「出社したくなるオフィス」の要素としてグリーンが追加され、現在はどのスペースも利用者数・満足度ともに向上しているという。
日鉄興和不動産の知見で見えてくる新しいオフィス像
本社オフィスは実証実験の場であり、そこから得た知見を顧客に還元するためのライブオフィスという側面を持つ。移転以来、延べ4000社以上の企業がここを訪れた。ワークプレイス研究チームは、2023年度の来場者データを分析し、顧客が抱える課題傾向を抽出している。
「来場されたお客さまのうち、移転や改良を見据えたオフィスへの課題を抱えている企業が全体の7割を占めていて(図表1)、そのうちの約40%が人事・働き方改革の要素に集約されることがわかりました。特に関心が高いのが、『社員エンゲージメント向上』『設備の老朽・陳腐化改善』『立地改善』です」
さらに、まだ移転を決めかねている潜在フェーズだけを抽出すると、その課題は「社員エンゲージメント向上」に集中した(図表2)。突出して高い数字は、企業が常に従業員のエンゲージメントに課題を感じていることの表れといえる。そうした企業がライブオフィスで最も熱心に耳を傾けたのは、同社の移転から運営に至る、全体を通じたノウハウだった。移転やリニューアルを担当したチームとのディスカッションはおおいに好評を博したという。
「分析結果から、ライブオフィスを訪れる顧客は社員エンゲージメント向上など『人』に関する課題解決をオフィスに期待する傾向にあり、われわれはオフィスづくりのみならず、人に関する課題解決例の提供が求められているのだとわかりました。案内を行う担当者は、移転・レイアウト変更のノウハウについて的確なプレゼンテーションを行うことが重要だと思われます」
また、ワークプレイス研究チームは社内の研究機関とともに、「個人にフォーカスした仕事場の価値観」も探究している。この協働からは、オフィスにおける良質なコミュニケーションとエンゲージメント向上との相関性が高いこと、ただし何をもって「良質なコミュニケーション」とするかは、部門・部署ごとのワークスタイルおよび年齢やパーソナリティーによっても異なるという結果が得られた。研究チームは、従来の「個の集合体が企業・組織であり、帰属意識や満足度は全て企業・組織に依存するもの」という組織概念よりも、実態は「企業・組織は小規模集団の集合体であり、身近な満足度は小規模集団に依存する」に近いのではないかという仮説を立てている(図表3)。小規模単位の集団と個人の関係に着目することが、今後のオフィスづくりのポイントになりそうだ。
「エンゲージメントの高いオフィスとは、『自由な働き方(個人)』と『従業員同士のコミュニケーションがあり、一体感が醸成される(組織的)』という2つの要素のバランスが絶妙であることが条件ではないかと考察します」
ABWやフルフレックス、ハイブリッドワークなど個人の裁量に任せる働き方が拡大するに従い、組織としての一体感は薄れていく可能性がある。エンゲージメントを高めるには、個人の裁量権を担保しつつ組織との結び付きが感じられる施策が必要なのだ。同社では、数年後の本社リニューアルを見据えて、テストオフィスを稼働させている。そこでは思い切ったパーツの採用や、これまでにない働き方へのトライアルも実施されているという。実証実験の結果は顧客に還元される。
「われわれは、入居する企業の方々が事業を安心・安全に行える良質なオフィスビルを供給するのはもちろんですが、働き方改革やオフィスづくりのサポートまで対応いたします。入居先として検討していただけたら幸いです」貴重な研究結果が共有され、ファシリティを担当するイベント視聴者にとっても空間づくりのヒントになったのではないだろうか。
お問い合わせ先
日鉄興和不動産株式会社
〒107-0052 東京都港区赤坂1丁目8番1号
TEL:03-6774-8000(大代表・平日9:00-17:30)
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