最終更新日:2010年03月07日
(1) ミッキーマウスの著作権が消滅する日はいつか
米国著作権法の保護期間延長が話題になり、それがミッキーマウスの著作権を延長するためであるなどと言われ、各層から反発を受けることもありましたが、米国連邦裁判所は保護期間を延長する法改正が合憲である旨を判事しました。GDPの5%を著作権関連ビジネスが占めると言う米国だけでなく、日本にとっても著作権の保護期間は重要な問題です。ディズニーキャラクターの著作権消滅は、経済的にも社会的にも、小さくない影響を及ぼすかもしれません。ところで、法律というものは国によって異なるわけで、米国で保護期間が延長されたからと言って、日本での保護期間が延長したわけではありません。そうなると気になるのが、日本でのミッキーマウスの著作権はいつ消滅するのかということ。以前、D社に電話で聞いたところ「業務に差し支えるのでお答えできません」との回答でした。なるほど、それはそうだと思いつつも、なんとも釈然としないのは、D社が子供たちに夢を売る会社だからです。夢を売るならもう少し正々堂々と商売してほしいなあ。とにかく、ミッキーマウスの著作権保護期間については、関心を持つ方々からたくさんの意見が寄せられ、私も大変参考にさせていただきました。いただいた情報をもとに、保護期間を割り出すまでの理論を以下に整理して見ます。なお、私も確固たる自信はありません。D社が正式に主張してくださり、それを裏付ける法的根拠を確認してはじめて納得がゆくわけです。もし以下の内容に間違いや計算違い、そのほかご意見などありましたら、「著作権のひろば」掲示板、または管理者への電子メールにてお知らせ願います。
(2) 新法か旧法か
ミッキーマウスの初の作品と言われる「Steamboat Willie(蒸気船ウィリー)」は米国1928年の作品だそうです。そうなると米国著作権法によれば2023年まで著作権が存続することになりますが、日本国内での利用については日本法の適用です。現行著作権法(1970年全面改正後の著作権法)第54条では、映画の著作物の保護期間は公表後50年となっています。ミッキーマウスというキャラクターが映画の著作物であるという考えには多少疑問がのこります。ミッキーマウスは「Steamboat Willie」というアニメーション映画の中で使われるキャラクターの一つにすぎないのですから、映画の著作物ではなく絵画の一種と考える方がふさわしいようにも思えます。それはさておき、ミッキーマウスを映画の著作物とみて現行法54条を単純に適用すると、1928年の翌年1月1日から50年が経過した1978年に保護期間が終わる計算になっていまいます。ところが実際はそうはゆかないようです。
(3) 旧法の方が長い時は旧法が優先
現在の著作権法は1971年1月1日から施行されました。それまでの古い著作権法は、現在の著作権法とはかなり内容が異なります。そして、現行法の附則(法律の但し書きみたいなもの)第7条では、新法施行前に公表された作品の著作権存続期間について、旧法の規定による計算の方が新法による計算よりも長い時は、旧法の規定によるということになっています。
(4) 新法の適用がない部分
では、新法と旧法でどちらの規定の方が保護期間が長くなるのでしょうか?附則第5条を見ますと、附則第5条 この法律の施行前に創作された新法第二十九条に規定する映画の著作物の著作権の帰属については、なお従前の例による。とありまして、第29条では、第二十九条 映画の著作物(第十五条第一項、次項又は第三項の規定の適用を受けるものを除く。)の著作権は、その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する。つまり現行法第29条では、映画が製作された場合には、その映画の著作権は原則として映画製作者(映画会社や監督など)に帰属することになります。しかし仮に著作権が映画製作者に帰属しないとしても、現行法第15条により法人名義の著作物とされれば、公表が起算時となります。しかしこれについても、附則4条において、第四条 新法第十五条及び第十六条の規定は、この法律の施行前に創作された著作物については、適用しない。とありまして、やはり適用できません。しかしこれは新法の適用がないということであって、旧法で見てみると第6条に次のようにあります。旧法第6条、官公衙学校社寺協会会社其の他団体に於いて著作の名義を以って発行又は興行したる著作物の著作権は発行又は興行のときより30年間継続すとあり、さらに52条後段において、「第6条中30年とあるは演奏歌唱の著作権及び第22条の7(録音物の著作権)に規定する著作権を除く外当分の間33年間とす」(要約)とありますので、もしミッキーマウスが会社名義で発行または興行されているなら、その1928年から33年が経過したときに著作権が消滅していると考えられます。保護期間は翌年の1929年から33年経過後ですから1962年には消滅しているということですね。しかしこれは旧法の適用の場合であって、旧法より新法の方が保護期間が長ければそちらに従うと・・・!??
(5)もしや、新法施行前に消滅している!?
しかし、旧法の保護期間が終わる1962年にはまだ新法が施行されていません。そして、現行法附則第2条 改正後の著作権法(以下「新法」という。)中著作権に関する規定は、この法律の施行の際現に改正前の著作権法(以下「旧法」という。)による著作権の全部が消滅している著作物については、適用しない。これを見ますと、現行法施行時である1971年1月1日までに著作権が消滅している著作物については新法は適用されないことになります。つまりミッキーマウスの著作権はすでに消滅している!?? いやいや、それほど甘くはないでしょう。
(6) 戦時加算をしなければ
米国など第2次大戦で勝利した連合国側の諸国については、日本の著作権法を適用する場合に「戦時加算」という計算を加えて考えなければなりません。(詳細はこちらの「戦時加算」を)となると、前記の1962年1月1日に3794日(戦時加算)を加えて、1972年の4月頃に著作権が消滅している計算になります。そうすると、この時期にはすでに新法が施行されているので、新法と旧法が比較され、もちろん新法の方が保護期間が長いので新法の規定によります。そうすると、1929年1月1日に50年を足して、さらに戦時加算の3794日を足すことになり、1989年4月頃に著作権が消滅していることになります。つまり、すでにミッキーマウスの著作権は消滅していることに...!? なんだか変な気がします。旧法の第6条の適用があるかどうか、という点に問題があるのでしょうか。仮にミッキーマウスがウォルトディズニー氏個人の著作であるとすると、旧法の場合は同氏が死亡した1966年の翌年1月1日を起算点として考えますと、旧法3条と旧法52条前段により保護期間は38年、さらに戦時加算をした結果2015年に著作権が消滅します。新法を適用した場合には、ミッキーマウスを映画の著作物であると考えると、公表後から50年(新法54条)ですから、それに戦時加算をした結果、1989年4月中に著作権が消滅します。つまり、旧法の規定が優先し、2015年4月頃に消滅します。
(7) 映画の著作物ではないとしたら
保護期間が長くなる結果になるので、権利消滅を待っている方に対しては肩身が狭いですが、著作権を考える上で多少興味深いので考えてみます。ミッキーマウスを、映画とは独立した別の著作物として、つまり映画の著作物ではないと考えたとしたら、ウォルト氏死亡時から保護期間50年の加算と戦時加算をしまして、2027年に消滅することになります。ということは、ミッキーマウスの映画そのものをダビングする場合と、ミッキーマウスだけを取り出してコピーする場合とでは、保護期間が異なってくると言うことになってしまいます。ミッキーマウスは映画のキャラクターなのだから「映画の著作物」だ、という意見は最もだと思います。しかし、仮に反対意見を設定してみます。例をあげると、鉄腕アトムは漫画でデヴューしましたから映画の著作物ではないでしょう。アトムをテレビ化したときに、その映像だけが映画の著作物なんですね。ということは、アトムというキャラクター自体の保護期間は手塚氏の死亡時から保護期間を起算するのが相当でしょう。となると、ごく常識的に考えて、ミッキーマウスが公表時起算になるのはアトムの場合と比較して不公平であるという発想もありえます。それに、ウォルト氏がミッキーマウスというキャラクターを創作公表し、そのあとで映画化したのだ、と言われてしまうと、個人の著作物として扱われてしまいます。映画をそっくりダビングするなら権利は消滅しているからOKだが、ミッキーマウスだけを取り出して使うのは違法である、という状況が発生してしまうおそれがあります。しかしこれでは、法的安定性に欠けます。この逆ならまだ良いのです。つまり、ミッキーマウスだけを取り出すならOKだけど、映画としてのダビングはダメというなら、まだ扱いようがあるんです。私は保護期間を死後から起算すると言う制度がすでに問題があると感じます。期間の長さはさておき、一律公表時から起算することにしないと、利用してよいのかどうかが非常にあいまいで、これからますます増加する保護期間切れ著作物の利用に重大な支障を来たしてしまいます。このあいまいさを利用して、すこしでも長く使用料を確保したい企業が存在する現実を考えますと、現在の保護期間制度は一般市民にとってあまりに不利であり、法的安定性に欠けます。早急に改正を検討するべきだと思います。ただし、死後起算が国際的に一般化しているので、これは大変難しいことですが。
(8)もし著作権が消滅しているなら
もし仮に著作権がすでに消滅したとするなら、著作権法上はミッキーマウスを利用できることになります。しかしこのケースのミッキーマウスは1928年に公表された古いタイプのミッキーマウスなので、現在見慣れたミッキーマウスのコピーができるのかというと、そうはゆかないかもしれません。あくまでも保護期間が経過したミッキーマウスの表現についての話だと考えるべきでしょう。なぜなら著作権法は表現について保護するものだからです。しかし古いタイプは著作権が消滅しているわけですから、それをそっくりコピーしたときに、「新しいミッキーに似ているじゃないか」とD社が言うスジではありません。しかしD社の権利は著作権だけではないので、注意が必要です。
(9) 著作権以外に注意
著作者が持つ権利は著作権だけではありません。著作者人格権という権利があって、例えばミッキーマウスをワイセツなイメージに改変して使ったり、その他人格を侵害(D社という法人にも人格があるとして)するような行為はできません。また、著作権法以外の法律にも注意が必要です。商品自体や包装用に使ったりすると商標権侵害(D社が商標登録をしていた場合)になりえますし、仮に商標法上の侵害と認定されなくても、営利で使用すれば不正競争防止法にあたるおそれがあります。つまり自由にミッキーマウスが利用できるようになるわけではないということをです。ファンサイトだとか、非営利を目的とした利用であれば、これまでよりも幅広い方法で利用できるようになるでしょう。
(10) 最後に
長々と書いて来ましたが、保護期間の仕組みは、考えているうちに何度も思考停止してしまうほど複雑な構成になっています。私も確固たる自信がありませんので、上記文章をもって何らかの判断をすることはご遠慮ください。私には全く責任が持てません。著作権を考える上での参考としては、大いにご利用いただきたいですし、間違っている部分を指摘していただいたり、ご意見ご感想をいただけますと幸いです。なお、このホームページ掲載後、早速いろいろな方から貴重な情報をいただき、何度も内容の訂正を繰り返しております。インターネットのありがたさをシミジミ感じております。今後も訂正があると思いますが、どうぞよろしくお付き合いください。そして情報をくださったみなさま、ありがとうございます。
(執筆:のぞみ合同事務所 行政書士日野孝次朗)
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