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成長支援部作りコンサルタントの岩井徹朗です。
「トマトジュースは冷やすけれど、中に氷を入れてはいけない。なぜなら、氷が溶けて味が薄まるから。」
これは、私が銀行の秘書室に勤務していた時、ある役員の「出張マニュアル」に書かれていた注意事項の一つです。
その方は私が銀行に入った時の頭取だった人。私が秘書室に転勤になった時は相談役としてご活躍されていました。仕事で出張される時は基本的には秘書室の誰かが同行するのがルールになっており、私も大阪と長野、合計2回の出張に同行しました。
わりと細かいところまで注文が多い人だったので、先のトマトジュースの他に、「ホテルのチェックインはフロントではなく、必ず部屋で行うこと」「マッサージを依頼するかどうかを事前に確認すること」「電車で移動する際は最新の週刊文春と週刊新潮を用意して座席前のポケットに入れておくこと」といったように詳細な決まりごとがたくさんありました。
このマニュアルは歴代の同行者が気づいた点をまとめたもので、私も出張前にはすべてに目を通して徹底的に頭に叩き込みました。そして、最初に大阪に1泊2日で出張した時のこと。はじめて新幹線のグリーン車に乗った感慨にひたる余裕はまったくありませんでしたが、予定もほぼ終わりに近づき、「あぁ、もうすぐこの緊張感からも解放される」と、のぞみが東京駅に到着した時に事件が起きました。
「あれっ、運転手は?」
「八重洲口の駐車場で待っていますが......」
「なんでホームまで迎えに来ないんだ!」
「えっ?」
相談役は一気に不機嫌になってしまいました。
マニュアルには書かれていなかったのですが、「東京駅に新幹線で帰京する場合は運転手さんが新幹線ホームまでお迎えにくる」のがルールだったのです! 実は、出張前に私は担当の運転手さんと、出張で帰ってきた際の待ち合わせ場所や待ち合わせ方法について打ち合わせをしています(ちなみに、この事前打ち合わせを徹底することも出張マニュアルには記載がありました)。
しかし、運の悪いことにその帰りの日の当番の運転手さんは、主担当のAさんではなく、副担当のBさんでした。 後でこの件を上司に報告したところ、「たぶんAさんであれば、新幹線ホームまでお迎えにくるという手順になっていたはずだったのにね」と慰められました。
でも、Bさんからは「新幹線ホームまで......」というアドバイスも特になかったので、私としてはできるだけ分かりやすくかつスムーズに東京駅でお見送りする方法を打ち合わせして終わってしまったのです。
今となっては「あんなこともあったなぁ」と笑い話で済ませられます。けれども、当時は初めての出張同行でそこまではほぼ何の問題もなく完璧にこなしていただけに、「えっ、なんで????」とがっかり。疲れが一気に襲ってきました。 それ以降、出張マニュアルには「東京駅に新幹線で帰京する場合は運転手が新幹線ホームまで迎えにくること」の一項目が新たに付け加えられたのです。
さて、この事例はあくまで社内に関することで、しかもある一役員に関することです。このため、そのマニュアルの存在を知っているのはごく限られた人だけで、大半の社員にとっては関係ないし、どうでもいいことです。
しかし、そのマニュアルは歴代の同行者の冷や汗と努力の結晶ともいうべきもので、私の後任者も大いに活用していました。 規則やルールにうるさい銀行では規程やマニュアルがすごく充実しています。
そして、各人や各部署の権限が決まっているので、それに反することはすぐに「権限違反だ」ということで厳しい指摘を受けます。このため、銀行員はマニュアルや規程、時々本部から出される通達を熟読しておくことが求められます。
一方、銀行を退職してから気づいたのですが、マニュアル類を熟読して理解し、実行するという風土は世間一般としてはほとんど浸透していません。 特に中小企業ではマニュアルがない企業の方が圧倒的多数。仮にあったとしても数年前に誰かが一度作ったきりで、今ではまったく実態とかけ離れていて使いものにならないのが普通です。 であればこそ、中小企業でまず作るべきマニュアルは、形式に囚われた書類ではなく、手垢と汗にまみれた実用的な手順書です。形式などは後から何とでもなります。
まずは、仕事を進めていく中で、気づいたことや問題が起きたことをその都度記録することが大事です。
そう言う意味では、秘書室時代に私がお世話になり、苦い経験を基に新たに一項目付け加えたこの出張マニュアル。A4で2-3枚のものでしたが、まさに日々進化しており、かなり実践的なものだったと言えるかもしれません。 記憶が鮮明なうちに記録に残す。マニュアルはそんな地道な作業の繰り返し。最初は箇条書きでも全然OKなので、汗がまだ引かないうちに作り始めましょう。
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