総務の引き出し(人事教育研修)

温かく家族のように支え合うか、クールに成果を重視するか。「自律的人材」を育てるための方法

大阪大谷大学 人間社会学部 教授 藤原 崇
最終更新日:
2025年10月23日

細かな指示を出さずとも部署や会社の目指す方向や状況を踏まえて、的確な行動や対応を取れる従業員。いずれの組織においても求められる人材だと思いますが、いったいそうした従業員はどのような組織で育成されていくのでしょうか。

「自律的に判断し行動できる人材」とは何か

「自律的に判断し行動できる人材」と判断するには、さまざまな要素が必要となります。まず、環境や状況にしっかり目配りする観察眼や情報収集能力、職務や顧客などに関する十分な知識や理解が前提となります。そして一定以上の職務遂行能力も欠かせません。ただし、上司や周囲に確認せずとも的確に行動するためには、部署や会社の目指す方向性を理解した上で、それを判断できる基準として確立し、保持していることが重要です。

会社の目指す方向は、経営理念やビジョンをはじめ、年度の方針や目標・事業計画、会社の制度や仕組み、部署ごとのルールや職務マニュアルなど、さまざまな形で示されます。それらの内容を自身の担当する職務や置かれている状況に合わせて解釈し、自分の内面に独自の基準を確立することで、シーンに応じて的確な行動ができる「自律性」が生まれるのです。

自律的人材を育成するために求められる2つの取り組み

つまり、個人の資質に左右される面もありますが、会社・組織が全くの無策では、たとえ高い資質の人材がそろっていても、自律的な人材は生まれないというわけです。では、自律的人材を育成するため、会社・組織に求められる取り組みは何でしょうか。

(1)経営理念の徹底

まず1つ目は、経営理念の徹底です。従業員が自律的に判断する根拠は、多岐にわたりますが、それらの源となり、一貫性を与えているのは経営理念(のはず)です。年度の方針や目標・事業計画、会社の制度や仕組み、部署ごとのルールや職務マニュアルなどに経営理念が反映できていれば、それらの理解を深める過程で、ある一定の共通性や一貫性が見えてくるはずです。それが従業員の判断の軸になれば、会社や部署の目指す方向と従業員の行動がずれることは少なくなります。

そのために、会社は経営理念を浸透させる努力をする必要があります。前提として、事業計画や制度・ルールなどに反映される実態を持った経営理念を確立することが大事です。そして、それを日常の業務遂行の中で活用することも大切です。会議の場で「こういう判断を下すのは当社の経営理念が〇〇という内容だからだ」「その顧客への対応は経営理念の〇〇という内容から見れば問題がある」といった会話が当たり前のように行われる職場であれば自然と経営理念は浸透します。そのために、経営トップや各階層の管理職は、多くの従業員に「またいっている」と思われるくらいに、経営理念について伝え続けることが求められます。

(2)従業員のモチベーションを高める

次に求められるのは従業員のモチベーションへの働きかけです。経営理念を基に会社の方向性への理解を深める行動は個々の従業員にとっては大変な取り組みで、高いモチベーションがないと実行できません。モチベーションを高める要素はさまざまありますが、ここでは2つの方向性を取り上げます。

(a)温かい家族的経営
1つ目は、組織との一体感を高めることで、組織へ貢献しようという意欲も向上させる方向性です。組織コミットメントは、組織と個人の関係性に着目し、その組織にとどまろうとする意向を説明する概念です。組織コミットメントには3つの次元があり、そのうち情緒的コミットメントは従業員の組織への感情的な愛着や同一化、積極的な関与を指します。これは経営理念への共感や組織への愛着から生まれますので、これを高めることによって経営理念への理解やそれに基づいた行動を取ろうとするモチベーションも上がると考えられます。

そのためには、温かい家族的な経営が効果的です。雇用をしっかり維持し、景気に左右されず全員への昇給を実施し、手厚い福利厚生など従業員の生活を支える施策を充実させることが求められます。ただし、この経営は人件費が固定費として高止まりする可能性も高く、持続するためには安定した業績が前提となります。比較的参入障壁が高く、競争優位が簡単に失われないポジションを獲得している企業には適合するといえるでしょう。

(b)冷静な成果主義経営
もう1つは、経営理念を徹底し、それに基づく行動や達成成果に応じて信賞必罰を徹底する方向性です。ある意味で成果主義的な経営です。経営理念を重要視しつつ、「アメーバ経営」といわれる厳密な管理会計システムを取る京セラ株式会社は好例と考えられます。この方向性を採用すると、経営理念を理解して、それに基づきしっかり成果を出せる人材は定着し、高い処遇を受けることができますが、それに及ばない人材が組織を去ることも考えられます。

つまり、環境変化に合わせて人材の構成やモチベーションの方向をコントロール可能な一方、人材の流動性が高くなる可能性もありますので、常に新たな人材を引き付ける採用戦略が必要になります。また、組織と個人の関係は冷静な関係となりますので、一体感や愛着に基づいた行動は期待できなくなります。あくまで外発的な動機づけを重視した組織運営といえるでしょう。

経営理念を徹底することは共通していますが、一方は家族的な温かい(warm)組織、もう一方は成果主義で冷静な関係を求める冷徹(cool)な組織と、大きく異なります。ただし、現実の企業経営では上記のどちらかに振り切っている企業は少なく、2つの方向性の間のどこかに位置付けられると推測します。自社はどういった位置付けになるのか、振り返ってみてはいかがでしょうか。

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プロフィール

大阪大谷大学 人間社会学部 教授
藤原 崇

メーカー人事や組織・人事コンサルタントを経験。人事戦略から、制度構築、人材育成まで幅広く多業種・数十社の支援を行う。コーネル大学MBA 取得。2022 年4 月より現職、博士(経営学)。

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