解雇規制緩和の実現で広がる「会社への裏切られ感」 企業が取り組むべき被害者意識の解消法
自由民主党の総裁選挙では石破氏が選出され、10月末には衆議院総選挙が行われます。その総裁選には過去にない9人が立候補し、多岐にわたるテーマで論戦が交わされましたが、「解雇規制緩和」もその一つです。規制緩和により雇用を流動化することが日本経済の活性化に本当につながるのか? 流動化することで社会はどう変わるのか? 広範囲に影響を与えるテーマです。労働法上や労務管理の観点からも多様な議論が交わされるでしょう。今回は、「解雇規制緩和」が実現した場合に、企業単体で予想される現象や従業員の反応について検討します。その上で、企業がとるべき対処方法について考えます。
「心理的契約」で成り立っている日本の雇用
「解雇規制緩和」が実現した場合、何らかの理由(業務量が減った、該当職務がなくなった、従業員のスキル・能力の不足やミスマッチなど)があれば、一定の金銭を支払うことで、企業は一方的に従業員を解雇することができるようになるとします。では、これに対して従業員はどう感じるでしょうか? おそらく「裏切られた」という感情を持つ人が多数になるでしょう。日本では「よほどのこと」がない限り、(特に正社員は)一方的に解雇されることはないと多くの人が信じているからです。
多くの日本企業ではいわゆる「メンバーシップ型」の雇用を前提としており、終身雇用が行われているのがその理由だという指摘もあります。ただ、「終身雇用」は制度やルールとして企業が従業員に明示したものではありません。就業規則に定年制は規定しますが、定年年齢まで「雇用を保障する」という規定はなく、むしろ解雇についての規定がされているのが当たり前です。「終身雇用」はメンバーシップ型雇用で組織運営を行った結果として、暗黙的に約束されたようなものなのです。
この組織と個人の「暗黙的な約束」という現象を説明する考え方に、「心理的契約」という概念があります。心理的契約とは、カーネギー・メロン大学のデニス・ルソーによれば、「特定の個人と相手方の間での相互での交換における諸条件に関する個人の信念(individual’s beliefs regarding the terms and conditions of a reciprocal exchange agreement between that focal person and another party.)」と定義されます。
この心理的契約のおもしろいところはあくまで個人側の「信念」、すなわち主観的な「思い」や「理解」とされている点です。組織運営の中で個人が経験を重ねるうち、約束されたと信じるに至ったものであれば、心理的契約として成立していると考えます。組織(企業)との間に規則や制度、ルールとして明示されている必要はありません。
この心理的契約が、組織側の都合で内容を一方的に変更される、相互の解釈のずれが積み重なる、などにより個人が「約束が守られていない」「裏切られた」と認識することがあります。その場合には、組織コミットメントの低下や離職意思の高まりなどマイナスの反応が見られることが、多くの研究で実証されています。
現在、多くの日本企業の、多くの従業員が雇用に関して抱く心理的契約の内容が「終身雇用であり、よほどのことがない限り解雇はされない」というものであれば、たとえ規制緩和が行われ、合法的に解雇が成立しても「裏切られた」という認識からくるマイナス感情は避けられないでしょう。その「裏切られた」という認識は解雇されなかった従業員にも同様に広がるため、組織全体のマイナス感情へと波及することは、心理的契約の理論から導くことができます。
※掲載されている情報は記事公開時点のものです。最新の情報と異なる場合があります。
アクセスランキング
ダウンロード資料、アイテム
特別企画、サービス
-
総務が押さえておくべき 2023(令和5)年に施行の法令改正情報
2023年は2022年に引き続き施行される育児・介護休業法のほか、労働基準法や労働安全衛生法、国民年金法の改正法令などが施行されます。本稿では今年に施行等される法令の中で、総務業務関連のものをピックアップしました。 -
【編集部厳選】総務1年生にオススメしたいコンテンツ20本
『月刊総務』編集部が、総務1年生やこの春久々に総務業務を担当する方にオススメのコンテンツを厳選。この機会に、総務実務の基本はもちろん、ビジネススキルや総務の考え方について学んでみませんか? -
総務のマニュアル
総務・バックオフィスの実務を実践的にサポートする「総務のマニュアル」シリーズ。ビジネストレンドを押さえた内容で、いま総務が知っておきたいポイントを具体的に解説していきます。 -
多様な働き方に対応する 社内コミュニケーション術
リモートワーク、ABWなど働き方の多様化がさらに広がっています。対面のコミュニケーションが減っている中においても、コミュニケーションを活性化するために、どうしていくべきでしょうか。 -
テレワークを実現するペーパーレス化と文書管理のポイント
ハイブリッドワークの需要が高まったものの、総務・経理などの管理部門では、請求書や契約書など書類のデジタル化に対応できず、出社を余儀なくされた方も多いのではないでしょうか。 -
総務辞典
総務辞典とは、どなたでもご利用いただける、総務業務に関する一般知識、関連法令や実務ノウハウなど総務に関する用語辞典です。 -
無料オンラインセミナーのご案内
月刊総務が開く、無料オンラインセミナーの予定はこちらからご確認ください。さまざまな企業と共催し、より専門的な知識を幅広いテーマで発信。総務の皆様の情報収集にお役立てください。 -
『月刊総務』調査
『月刊総務』では、不定期にアンケート調査を実施し、その結果を公開しています。全国の総務パーソンがどのように業務に対応しているのか、何を感じているのか、総務の現状を確認してみましょう。 -
YouTube 月刊総務チャンネル
『月刊総務』公式YouTubeチャンネルです! 「働き方」「戦略総務」などのテーマについて、数分で気軽にキャッチできる情報を発信していきます。ぜひ、チャンネル登録をお願いします! -
業務効率化&コスト削減 購買プラットフォーム
オフィス用品に関する困りごとを解決し、業務効率化とコスト削減を実現いたします。Kobuyは、一貫堂が提携するパートナーサプライヤに加え、お客様ご希望のサプライヤ商品・サービスを一元管理できるオフィス用品一括購買システムです。