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これまでダイバーシティ経営の具体的な実現ステップ、続いてダイバーシティ経営の方針と枠組みの決め方、さらに決定した施策やルールを現場でいかに実行・調整し、実現させていくかについてお伝えしてきました。今回は、ダイバーシティ経営の現状と推進を阻む壁について解説したいと思います。
ダイバーシティ経営の現状
2016年に「女性活躍推進法」が施行されて以降、ダイバーシティ経営への関心は特に高まっています。SDGsやESG経営推進の後押しもあり、かつてないほど注目されており、導入企業も増加しています。
ダイバーシティを導入する企業は増加傾向にあるものの、実際の成果はどうなっているでしょうか。2021年10月に発足した岸田内閣では、全閣僚20人のうち、女性閣僚はG7中最も少ない3人でした。かつて安倍政権は2020年までに女性の管理職の割合を30%にする「202030(にいまる・にいまる・さんまる)」を掲げていましたが、「男女共同参画白書(令和6年版)」によれば、2023年の民間企業における女性管理職比率は係長級が23.5%、課長級が13.2%、部長級が8.3%と、年々右肩上がりにはなっているものの、かなり低い水準で推移しているのが現状です(図表2)。
また、世界経済フォーラムが発表している「ジェンダー・ギャップ指数」(国際機関が発表するデータを基に男女格差の度合いを指数化した、女性活躍の通知表ともいえる指標)を見ると、2024年は146か国中118位(昨年は146か国中125位)で主要7か国(G7)の中で最低という順位(経済産業省「ダイバーシティ経営の推進について」より)でした。
2021年のコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)の改訂では、サステナビリティへの対応やダイバーシティの確保がより求められ、特にダイバーシティに関しては従来の女性活躍だけでなく国際性や職歴、年齢の多様性も盛り込まれています。しかし、まだまだ世界標準とは大きな隔たりがあります。
コーポレートガバナンス・コード
【原則2-4.女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保】
上場会社は、社内に異なる経験・技能・属性を反映した多様な視点や価値観が存在することは、会社の持続的な成長を確保する上での強みとなり得る、との認識に立ち、社内における女性の活躍促進を含む多様性の確保を推進すべきである。
補充原則(※)
2-4(1) 上場会社は、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともに、その状況を開示すべきである。また、中長期的な企業価値の向上に向けた人材戦略の重要性に鑑み、多様性の確保に向けた人材育成方針と社内環境整備方針をその実施状況と併せて開示すべきである。
※ 株式会社東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード」
このように、その効果は中途半端な状態に陥り、実感もあまりなく定着に至っていない企業も多いのが現状です。このような状況は、図表3からも見て取れるように、ダイバーシティ経営=女性活躍支援、あるいは、人材確保と思い込んでいる企業が多いのも要因といえるのではないでしょうか。
ダイバーシティ経営とは、年齢や性別、価値観、人種、宗教などが異なるさまざまな属性の人が共存している状態を目指すことが目的です。VUCAな時代において多様な視点、特性を生かすことが生産性向上につながる時代でもあるのです。では、どうして日本企業において効果をもたらすことができないのか、その3つの壁についてお伝えしていきたいと思います。
ダイバーシティ経営を阻む壁
(1)ダイバーシティ経営への戦略的方向性欠如の壁
今年度第1回からお伝えしているように、ダイバーシティ経営を導入維持させるためには、組織において何を目的に何を目指して取り組むのかを明確にすること、そして、社長が固い決意を持ちその想いを発信していかなければなりません。また、取り組みに対して組織全体のベクトルが一致している状況がつくれなければ100%成果は期待できないといっても過言ではないでしょう。会社を挙げて取り組むにはみんなが納得する根拠と意図、明確な目的をメッセージとして送る、そして送り続けることが重要です。
(2)アンコンシャス・バイアスが及ぼす壁(無意識の偏見)
ダイバーシティ経営の阻害要因としてアンコンシャス・バイアスはよく取り上げられます。今年度第4回でも取り上げましたが、高齢者の多い企業ではアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)が残る企業が多いといわれています。ダイバーシティには以下の2種類があり、表層的な面は意識しやすいですが、深層的な面は、無意識にバイアスがかかっている可能性が高いので特に意識する必要があります。
<ダイバーシティの種類>
・表層的ダイバーシティ
年齢や性別、体格、人種、国籍、障害など、外面的に判断しやすい多様性を指す
・深層的ダイバーシティ
性格や価値観、嗜好、宗教、性的指向といった、外面から判断しにくい内面的な多様性を指す
また、組織(集団)に対して引き起こすバイアスとしては、人の属性や特性をもとに固定観念や先入観で決めつけてしまう「ステレオタイプ」が第一に挙げられます。たとえば、男性は仕事、女性は家庭、子供が小さいから出張は無理、経験値こそが正しい(エゴセントリックバイアス)、高学歴だから仕事もできるなどです。特に、日本ではこのタイプがいちばん多く、特にジェンダーに対してのステレオタイプが多いといわれています。会社風土としてこのような状況が当たり前に根付いている場合は、逆にバイアスにとらわれてしまい、無意識のうちに心理的なブレーキが働き、本来であればできることができなくなってしまうなど、自分が持っている能力を発揮できなくなってしまう恐れもあります。
ここで、アメリカの事例を紹介しましょう。1970年まで、ある有名なオーケストラにおける女性の奏者比率は5%未満でした。1970年以降ブラインド審査を導入し、審査員は性別や国籍、年齢も排除して、誰が演奏しているかわからない状態で審査を行いました。その結果、女性の採用比率が倍増。今では5%から46%になったという事実もあります。
アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)は誰もが持っていますが、無意識なだけに本人は自覚し難く、排除するのは難しい側面もあります。ただ、「アンコンシャス・バイアス」排除への取り組みをしなければ、ダイバーシティ経営への取り組みそのものに本来意図しない影響を及ぼす可能性があることは明らかです。 アンコンシャス・バイアスに対しての具体的な取り組みについては次の機会にお伝えさせていただきたいと思います。
(3)慣例主義の壁
日本の組織経営の特徴として、「組織の硬直化や業界の閉塞感」「年長者の高コスト化」「経営の非効率化による競争力低下」という3つの問題点が指摘されることが多くあります。年功序列や終身雇用は業界内の労働者の流動性を下げるため、組織内に新しいアイデアが生まれる機会が奪われたり、事業そのものがマンネリ化したりするという問題点がよく挙げられます。これまでトップダウンが当たり前で経営に支障はないと思っていたものの、複雑で多様化する現代において適応できず、大きな壁にぶつかっている企業もあるのではないでしょうか。
人口減により希望する人材を採用しにくい状況下で、若者世代との価値観のギャップや、プレイングマネジャー化により現場で部下の育成ができないという悩みはとても多く聞かれます。この様に複雑で多様化した時代においてダイバーシティ経営を実現させるためには、まず従来のトップダウン経営では成果が出せない時代が来ていることを経営者は自覚することが求められています。目には見えない「同調性バイアス」に目を向け、改善する必要があるのです。
自分は黒だと思っていても黒といえない。間違っているかもしれないと思いながらも上司の指示に従う、あるいはみんなの動きに合わせてしまう。さらに、それが当たり前になっていることに気付けない状況に陥ってしまっている……。昨今のビッグモーターや小林製薬の事件等を振り返っても根底に同調圧力が働いているのは否めないのではないでしょうか。会議などでも「何が正しいのか」ではなく「みんなはどう思っているのか。上司はどう思っているのか」で態度を決めてしまう同調傾向や、「誰がいっているのか」で態度を決める属人傾向を感じたことがあることと思います。
慣例主義は現状維持バイアスが働いている状態が強く、変化や対立を避ける無意識の反応でもあるのです。意図せず「あなたたちの意見は必要ない。どうせいっても同じ」というメッセージが周りには伝わってしまっているかもしれません。先述しましたが、ダイバーシティ経営とは、年齢や性別、価値観、人種、宗教などが異なるさまざまな属性の人が共存している状態を目指すのが目的です。ここで再度、みなさんの組織の現状を正しく把握してみましょう。そして、この多様化した時代に一人ひとりを生かし生産性を高めるために今からできることを考えてみてください。それが、ダイバーシティ経営の壁を乗り越える第一歩となるはずです。
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